月刊「計測技術」2025年1月増刊号

『ガス中微量水分を高速で高精度に測定』のテーマで、mini CRDS技術の開発と小型CRDS微量水分計 DewTracer mini CRDS-H2O 製品化の経緯、性能評価結果に関する記事が月刊「計測技術」に掲載されました。

報道記事:月刊「計測技術」2025年1月増刊号

ガス中微量水分を高速で高精度に測定

小型CRDS微量水分計(mini CRDS)

半導体や二次電池などの最先端技術製品の製造において、高純度ガスや乾燥ガス中の微量水分管理は極めて重要となっている。この課題に対し、産官連携での共同研究により、高精度・高感度・高速測定を実現する世界初の小型CRDS微量水分計を神栄テクノロジー株式会社が実用化した。

1. はじめに ~ 微量水分測定の重要性と課題 ~

半導体や二次電池など最先端技術製品の製造プロセスでは、使用する各種ガス中に残留する微量な水分が製品の品質や性能に大きく影響するため、1000 ppbレベルでの水分管理が求められる。1000 ppb以下を測定する微量水分計は30年近く前から存在しているが、同一の測定現場で使用した際、メーカーや機種により測定値が大きく異なるという問題があった。

産業技術総合研究所(以下、産総研)が微量水分の一次標準を開発し、これを用いて性能評価を行ったところ、多くの微量水分計で測定性能に問題があることが判明した(図1)。その中で唯一、キャビティリングダウン分光法(CRDS)を測定原理とする微量水分計が高性能であることが確認された [1]。
しかし、CRDS微量水分計は大型で重く、製造ラインへの設置には不向きであり、また、海外メーカーの一社独占状態による高コストや修理期間などの問題もあり、普及が進んでいない。その結果、国内では性能が不十分な水分計が引き続き多用される状況にあった。

2. CRDS微量水分計の測定原理と課題

CRDSは水分子による光吸収を利用して水分濃度を算出する絶対測定法である。測定原理の概念図を図2に示す。高反射率ミラーで構成された光共振器(キャビティ)にレーザー光を照射し、キャビティの共振周波数とレーザー周波数が一致すると光が進入する。光が蓄えられた後にレーザーを遮断すると、キャビティ内の光はミラー間で反射を繰り返しながら指数関数的に減衰する(図2)。この減衰の時定数(リングダウンタイム)を用いて式(1)から水分濃度を算出することができる。

CRDS測定は、キャビティの共振周波数とレーザー周波数が一致した場合のみ可能であり、吸収線の中心周波数付近で行われる必要がある。キャビティの共振周波数の間隔は式(2)で示される。

キャビティ長を短くすると、共振周波数の間隔が拡がり、吸収線の中心周波数付近での測定が難しくなる。これにより、信号強度が弱まることで感度が低下し、測定周波数の特定が困難となるため、水分濃度の測定不確かさが増加する。
図3にキャビティ長が50 cmと5 cmの場合の共振周波数と水の吸収線の関係を例示する。50 cmのキャビティでは共振周波数が密に存在するが、5 cmでは間隔が拡がり、吸収線の中心周波数付近での測定が難しくなることがわかる。

図3(記事より)
共振周波数と水の吸収線の関係
(出展:©産総研 上級主任研究員 阿部恒先生)

CRDSは信頼性の高い測定法であるが、キャビティ長を短くすることで測定分解能が低下することが、小型化を妨げる要因であった。

3. 小型化の課題を解決した技術革新「mini CRDSセンサー」

この課題に対し、産総研は新たな解析技術と高度な光学技術で解決に取り組んだ。その結果、レーザー周波数を高速で掃引し、全ての共振周波数でリングダウンタイムを測定して吸収スペクトルを取得し、吸収線の面積からリアルタイムで水分濃度を算出する革新的な技術を開発した(図4)。この技術を駆使して設計されたmini CRDSセンサーは、従来数十cm以上必要とされていたキャビティ長を5 cmまで小型化することに成功した [2]。

図4(記事より)
mini CRDSセンサーで測定した水の吸収スペクトル波形
(出展:©産総研 上級主任研究員 阿部恒先生)

4. 小型CRDS微量水分計「DewTracer mini CRDS-H₂O」について

mini CRDSセンサーを搭載する小型CRDS微量水分計の実用化と社会実装を目指し、神栄テクノロジー株式会社と産総研による産官連携での共同研究が進められた。その結果、小型化と高精度・高感度・高速測定を両立する小型CRDS微量水分計「DewTracer mini CRDS-H₂O」の製品化に成功した(図5)。主な仕様(表1)と特長を以下に示す。

図5(記事より)
「DewTracer mini CRDS-H₂O」の外観
※画像をクリックすると製品紹介ページへ移行します

表1 「DewTracer mini CRDS-H₂O」の主な仕様

測定範囲12 ppb~20 ppm(露点温度 -100 ~ -55 ℃DP)
サンプルガス種Air, N2, O2, Ar, CO2 他 各種ガスへ対応
センサー部 寸法150(W)×300(D)×165(H) mm
モニター部 寸法150(W)× 80(D)×200(H) mm
電源100~240 VAC, 1.4 A max

ベンチマークとした海外製CRDS微量水分計と同等の測定性能をもちながら、サイズは1/4、重量は1/3と大幅な小型化を実現した。

4-1. 性能評価結果

「DewTracer mini CRDS-H₂O」の性能評価試験結果を以下に示す。ベンチマークとした海外製のCRDS微量水分計と比較して、測定の不確かさと感度はほぼ同等ながら、キャビティの小型化によりサンプルガスの置換時間が短縮されたことで応答速度は大幅に向上していることが明らかとなった。
また、海外製はのデータ取得のために定期的なキャリブレーション動作を必要し、その間は測定が一時的に中断するが、mini CRDSセンサーは常にを取得するためキャリブレーションが不要であり、電源投入後すぐに測定を開始し、その後も途切れることのない連続測定を可能としている。

a) 測定の不確かさ

産総研による一次標準との比較試験で、測定範囲全域において不確かさは±4%または±12 ppb以下であることが確認された。(図6)

b) 測定感度

産総研による一次標準との比較試験で、ppbレベル での良好な測定感度が確認された。(図7)

c) 応答性

50 ppb と 1000 ppb との間での応答性評価結果を表2および図8に示す。

表 2 応答性評価結果(測定ガス:N₂)

1000 ppb → 50 ppb50 ppb → 1000 ppb
63%応答15.4 s26.5 s
90%応答52.4 s37.4 s

4-2. 測定データの信頼性の担保

  • 産総研との共同研究により不確かさを算出
  • 出荷する全数に対し、産総研が供給する一次標準とトレーサビリティがとれた社内標準器との比較校正を実施

4-3. ユーザビリティを考慮したデザイン

用途や設置箇所に応じて選択可能な利用形態

4-4. 簡単操作

専用モニター(5インチのフルカラータッチパネル搭載)または専用ソフトウェアをインストールしたPCを使用することで、次のような機能が利用可能

図10(記事より)
専用モニターの画面
  • 測定の開始・停止
  • 各種設定
  • 表示設定(測定値、トレンドグラフ、解析波形)
  • 誤動作防止ロック機能
  • センサー稼働状態監視機能
  • アラーム機能 など

4-5. 外部へのデータ出力

測定値または演算値を各種出力形態で外部へ出力することが可能
※専用モニターが必要
※デジタル出力(RS-232C)は専用モニターに標準装備
 アナログ出力およびリレー出力はオプション

4-6. 安全性への対応

  • 接ガス部にはUJR/VCR接手を使用、耐薬品、腐食性ガスにも対応
  • 万が一、可燃性や有毒性を有する危険なガスが筐体内で配管からリークしても、筐体外にリークすることを防ぐため、窒素など不活性ガスの筐体内パージ用ポートを搭載

5. 微量水分校正システムと国内サービス体制の構築

拡散管方式を用いた微量水分発生装置と、産総研の一次標準にトレーサブルな社内標準器を組み合わせて微量水分校正システムを構築し、微量水分校正の運用を開始した。また、開発から生産、アフターメンテナンスまで一貫して日本国内で対応する体制も整えたことで、海外製CRDS微量水分計が抱えていたコストや修理期間の問題を解決した。

6. さいごに

産総研が開発したmini CRDSセンサー技術を活用し、世界初の小型CRDS微量水分計を国産で実現した。SIトレーサブルな性能評価により、標準器としても現場測定器としても適した性能と機能を有することが示された。微量水分管理が製造品質に直結する半導体や全固体電池など次世代産業分野での日本の競争力強化への貢献が期待される。

さらに、「DewTracer mini CRDS-H₂O」は、その高い技術力と優れたデザインが評価されたことで「2024年度グッドデザイン賞ベスト100」に選出された。産官連携による技術革新の成功事例としても注目を集めている。

※グッドデザイン賞 掲載ページ
 https://www.g-mark.org/gallery/winners/25650

図12(記事より)
グッドデザイン賞ベスト100受賞

※画像をクリックするとグッドデザイン賞のサイトへ移行します

参照文献

[1]阿部 恒, ガス中微量水分測定の信頼性の飛躍的向上-計量トレーサビリティの確立と計測器の性能評価,Synthesiology, 2-3 (2009) 223-236.
[2]H. Abe, K. Hashiguchi, D. Lisak, S. Honda, T. Miyake, H. Shimizu, A miniaturized trace-moisture sensor based on cavity ring-down spectroscopy, Sens. Actuators A Phys. 320 (2021) 112559.
引用元

計測技術 2025年1月増刊号 (日本工業出版株式会社)

本記事で紹介されている製品の情報

小型CRDS微量水分計
DewTracer mini CRDS-H₂O

DewTracer mini CRDS-H2Oは、レーザー技術を用いたCRDS(Cavity Ring Down Spectroscopy)方式のガス中微量水分計です。
独自の光学設計とスペクトル解析技術により、これまでにない小型化を実現しました。
キャリアガスや雰囲気ガスなど高純度ガス中の微量水分(12 ppbv ~ 20 ppmv(-100 ~ -55 ℃DP))を高感度・高精度・高速測定することができます。


※本製品は国立研究開発法人産業技術研究所との共同研究の成果を活用しています。

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